14th
(via austinvu)
赤塚不二夫の名作マンガ『天才バカボン』の中に、こんなエピソードがある。飼い犬が、豪華なエサをもらって、野良犬がそれをうらやましそうに見てい る。飼い主がやって来ると、飼い犬は一生懸命じゃれたりする。その様子を見ている野良犬の視線に気付くと、飼い犬は、「この首輪がついているから、飼い主 のごきげんをとっているのさ。首輪がとれたら、オレだって、お前のように自由に生きるよ」と言う。
ところが、何かの拍子に飼い犬の首輪がとれる。すると、飼い犬は、あわてて、自分の首に首輪を付け直すのである。
困れ。困らなきゃ何もで きない。
本田宗一郎(本田技研工業最高顧問)
「一般意志2.0」という言葉で僕が何を言おうとしているか.
『社会契約論』(1762年)でルソーが何を言ってるか.
人民は社会契約をして一般意志を作る.一般意志が政府を選ぶ(政府に権力を与える).
全体意志(will of all)と一般意志(general will)は違う.全ての意志・みんなの意志が全体意志.一般意志をどうやって作るかが近代民主制の根幹.
全体意志は,特殊意志(個人の意志)の和.特殊意志(個人の意志)の和から様々な過不足を抜き取った上での差異の総和が,一般意志.
(僕たちの)目標は一般意志を顕在化させるシステムを作ること.これは政府の改革とは別.
人々は十分にinformationを与えられて,まったくcommunicationをせず,deliberateするとき,一般意志が立ち現れる.information, communication, deliberateという全部のキーワードがこの1文の中に入っている.しかも,deliberateの語源は「重み付ける」.
「十分にinformationが与えられた人間が討議すると一般意志が現れる」と解釈することもできる.けれども,「十分にinformationが与えられた人間がcommunicationなしで重みを付けていく(と一般意志が現れる)」と解釈することもできる.
人民は個人的に契約しているのに,なんとなく一般意志を生成しているように見える.
ニコ動の疑似同期は,みんなが勝手にバラバラに喋っていると,それがなぜか時間を共有しているように感じられる.twitterもみんながひとりごとをバラバラ喋っているのだけれども,なんか議論しているみたいに感じられる.このフィクション感がルソーの一般意志と近い.フィクションとしての議論空間,フィクションとしての集合知.
twitterとGoogleが2つでてきたときに,はじめて世界はルソー化した.
みんなが勝手につぶやいていることはすごく重要.
communicationをとらないで十分にinformationを与えられている各市民がdeliberateすると一般意志が生成する.
tiga: