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9th
Tue
9th
ピョートル1世は、強硬ではあるがかなり有能な皇帝で、面白い人だったらしい。
ひげ税を取ったロシアの皇帝
http://www7.ocn.ne.jp/~you2002/hanasi5.htm
<ロシア絶対主義の確立者と言われるピョートル大帝は、すべてに積極的な君主であった。たいへん器用で、自分のイス・食器などを作るばかりでなく、外科医・歯医者の診療技術も多少マスターしていた。
病気にかかった側近たちは、彼が手術道具を持って現れることを何より怖がった。
また彼は、遅れたロシアに、進んだ技術を輸入しようとして大使節団を西欧に派遣したが、みずからも一随行員となってそれに参加した。そして当時の海軍国だったオランダやイギリスの造船所では一職工となり、数ヶ月間ハンマーをふるって造船技術をみっちり習得した。
また、彼は、ロシア人が自慢していたあごひげを切らせて西欧風の風俗を強制し、従わない者からは「ひげ税」をとった>。
(世界史おもしろこぼれ話 三笠書房・著者・石井武夫 参考)
ピョートル1世が「ひげ税」を取ろうとしたくらい、当時のロシア人は「ひげ」を生やしていたようだ。
ロシア史雑話7 - ヒゲのロシア人
http://www.geocities.co.jp/SilkRoad/5870/zatuwa7.html
<残された写真を見ると、当時の、とりわけ下層のロシア人のほとんどはそれこそ顔一面にヒゲを生やしています。一方で西欧かぶれしていた上流階級の人々はきちんとヒゲを整えるか、あるいは剃ってしまっていることが多く、すぐに見分けがつきます(もっともその前に着ている衣装とかでわかってしまうけど)>。
<一般のロシア人はどうしてそんなにヒゲを好んだのか。寒かったから?それもあるかもしれませんが、重要なのは宗教的な理由であります。
現在においてもロシアの聖職者は顔一面にヒゲを蓄えています。時代がかった重々しい衣装(法衣)にマッチしてなかなかありがたい感じがしますが、もちろん視覚的な効果を狙ってヒゲを伸ばしているわけではありません。
ロシア正教においてヒゲは神が与え給うたものとされ、男性の象徴とも言うべき扱いを受けていました。従ってヒゲを剃り落とすことは神の創造になる自然からの逸脱であり、一種の罪でもありました。中世ロシアにおいては聖職者のみならず、およそ男性として生まれた者は全て豊かなヒゲを蓄えていたのです>。
<この状況が劇的に変化したのはピョートル大帝の時代です。西欧をモデルとした近代化政策をとったピョートルにとって、教会を含めた社会の大部分が古臭い伝統の中に浸っていることはどうにも我慢のならないことでした。「まず形から」というわけか、ピョートルは皇帝の近くに仕える貴族どものヒゲをまず剃り落とし、また社会に対しては「ヒゲに税金をかける」という暴挙に出たのでした。
よく笑い話のように語られるピョートルの「ヒゲ税」はこのような背景を持っていたのです。しかし農民を中心とした一般民衆の間では、無理をしてでも税金を払ってヒゲを生やす者が少なくありませんでした。またヒゲを剃り落とした者もそれを密かに保管し、自分が死ぬ時に棺桶の中に入れるよう遺言した例が多かったようです。「ヒゲがないと天国に入れない」というわけですが、ヒゲに対する執着もここまでくると立派なものです>。
ひげ税を取ったロシアの皇帝
http://www7.ocn.ne.jp/~you2002/hanasi5.htm
<ロシア絶対主義の確立者と言われるピョートル大帝は、すべてに積極的な君主であった。たいへん器用で、自分のイス・食器などを作るばかりでなく、外科医・歯医者の診療技術も多少マスターしていた。
病気にかかった側近たちは、彼が手術道具を持って現れることを何より怖がった。
また彼は、遅れたロシアに、進んだ技術を輸入しようとして大使節団を西欧に派遣したが、みずからも一随行員となってそれに参加した。そして当時の海軍国だったオランダやイギリスの造船所では一職工となり、数ヶ月間ハンマーをふるって造船技術をみっちり習得した。
また、彼は、ロシア人が自慢していたあごひげを切らせて西欧風の風俗を強制し、従わない者からは「ひげ税」をとった>。
(世界史おもしろこぼれ話 三笠書房・著者・石井武夫 参考)
ピョートル1世が「ひげ税」を取ろうとしたくらい、当時のロシア人は「ひげ」を生やしていたようだ。
ロシア史雑話7 - ヒゲのロシア人
http://www.geocities.co.jp/SilkRoad/5870/zatuwa7.html
<残された写真を見ると、当時の、とりわけ下層のロシア人のほとんどはそれこそ顔一面にヒゲを生やしています。一方で西欧かぶれしていた上流階級の人々はきちんとヒゲを整えるか、あるいは剃ってしまっていることが多く、すぐに見分けがつきます(もっともその前に着ている衣装とかでわかってしまうけど)>。
<一般のロシア人はどうしてそんなにヒゲを好んだのか。寒かったから?それもあるかもしれませんが、重要なのは宗教的な理由であります。
現在においてもロシアの聖職者は顔一面にヒゲを蓄えています。時代がかった重々しい衣装(法衣)にマッチしてなかなかありがたい感じがしますが、もちろん視覚的な効果を狙ってヒゲを伸ばしているわけではありません。
ロシア正教においてヒゲは神が与え給うたものとされ、男性の象徴とも言うべき扱いを受けていました。従ってヒゲを剃り落とすことは神の創造になる自然からの逸脱であり、一種の罪でもありました。中世ロシアにおいては聖職者のみならず、およそ男性として生まれた者は全て豊かなヒゲを蓄えていたのです>。
<この状況が劇的に変化したのはピョートル大帝の時代です。西欧をモデルとした近代化政策をとったピョートルにとって、教会を含めた社会の大部分が古臭い伝統の中に浸っていることはどうにも我慢のならないことでした。「まず形から」というわけか、ピョートルは皇帝の近くに仕える貴族どものヒゲをまず剃り落とし、また社会に対しては「ヒゲに税金をかける」という暴挙に出たのでした。
よく笑い話のように語られるピョートルの「ヒゲ税」はこのような背景を持っていたのです。しかし農民を中心とした一般民衆の間では、無理をしてでも税金を払ってヒゲを生やす者が少なくありませんでした。またヒゲを剃り落とした者もそれを密かに保管し、自分が死ぬ時に棺桶の中に入れるよう遺言した例が多かったようです。「ヒゲがないと天国に入れない」というわけですが、ヒゲに対する執着もここまでくると立派なものです>。
